介護・福祉事業所が職員から残業代請求を受けたら|移動時間・夜間待機・責任者で問題になる点

介護・福祉事業の残業代請求で争点となる点(移動時間・夜間待機・管理監督者・賃金計算・変形労働時間制) 介護・福祉
この記事の結論
  • 訪問介護の移動時間・待ち時間や、夜勤の待機時間が労働時間とされ、多額の支払いを要するリスクがある。
  • サービス提供責任者などを管理監督者として扱っていても、残業代が必要となる可能性が高い。
  • 早期に弁護士に相談し、予防を含めた戦略を立てて対応することが重要である。

はじめに

今回は、介護・福祉事業所が退職した職員から残業代を請求された場合の対応について、弁護士が解説します。

同じようなお悩みは、早めに弁護士へご相談ください

対応を誤ると、想定以上に請求額が膨らんだり、他の職員への波及を招いたりするリスクにつながります。介護・福祉事業の労務問題に対応した経験のある弁護士が、具体的な状況に応じた対応方針をご案内します。

介護・福祉事業の残業代請求で争点となる点

介護・福祉事業の残業代請求で争点となる点(移動時間・夜間待機・管理監督者・賃金計算・変形労働時間制)

介護・福祉事業の残業代請求では、主に次の点が争点になります。

  • 移動・待機の時間
  • 管理職の扱い
  • 賃金計算の方法
  • 変形労働時間制の適否

訪問介護の移動時間・待ち時間は労働時間か

訪問介護の訪問先から次の訪問先までの移動時間や待ち時間の使い方がまず問題となります。例えば、待ち時間に報告書の作成をしている、電話当番をしている、掃除をしている等の事情があれば、全ての時間が労働時間となり、残業代計算等の対象になりえます。

また、移動時間も、直行直帰を除いて、通常要する時間は労働時間となります。

このため、残業代請求に対しては、待ち時間中に何をすることとなっていたか、休憩を指示していたか、休憩を取れていたか等について、実際の作業内容等を踏まえた主張立証が欠かせません。

また、移動時間についても、地図サイト上の移動時間や実際の移動に要したと主張している時間数等を踏まえた反論が欠かせません。

なお、訪問介護労働者の法定労働条件の確保について(平成16年8月27日基発第0827001号)も参考にしながら反論を組み立てることになります。

弁護士のコメント

当職が対応した事案でも法人は当初、シフトとシフトの間は休憩であると考えていました。しかし、その時間帯に報告書を作ったり、清掃をしたりしている時間が含まれており、反対に休憩を取得できている裏付けはありませんでした。このようなケースでは、すべての時間が労働時間として評価される可能性が高くなります。

このような事案では、報告書などに通常要する時間を算出し、それを基に、反論の交渉を試みることなどが考えられます。

入所型施設の夜間待機時間は労働時間か

入所型の施設やグループホームの夜勤では、利用者が就寝している間の待機時間や仮眠時間が労働時間に当たることがあります。

例えば、次の裁判例では、泊まり時間全てが労働時間となり、300万円を超える割増賃金の支払いが命じられています。

このため、泊まり勤務中の稼働状況(オンコールの頻度や内容)、入所者の容体等を踏まえて、夜間は労働からの解放が保障されていた等と主張立証できるかが重要となります。

(参考裁判例:夜勤の泊まり時間が労働時間とされ、夜勤手当だけでは足りないとされた例・東京高裁令和6年7月4日判決・労働判例1319号79頁)

障害者グループホームの生活支援員が、夜勤の泊まり勤務について残業代を請求した事案です。生活支援員は、夕方から夜まで勤務した後にそのまま宿泊し、翌朝から再び勤務していました。夜間は各施設で1人の勤務でした。

裁判所は、次の事情から、夜勤時間帯は実作業をしていない時間も含めて労働時間に当たると判断し、日中の賃金を基に時間単価を計算した残業代の支払いを命じました。

  • 夜間にも職員が駐在する強い必要性があったこと
  • 1人で宿泊勤務していたこと
  • 入居者に重い障害を持つ人が含まれ、深夜の起床に対応していた施設もあったこと

サービス提供責任者などの管理職を管理監督者として扱えるか

サービス提供責任者や施設の主任などを管理監督者(労働基準法41条2号)として扱い、残業代を払っていないケースがあります。

責任者という名称はありますが、シフトを決められる、実質的にナンバーツーである等の反論では、なかなか管理監督者とは認められず、多額の残業代の支払いを要するケースがあります。

そのため、そもそも管理監督者の主張をするか否か、する場合には、本当に管理監督者というに値する権限(採用・解雇の権限、労働時間の裁量等)があるかを具体的に主張立証する対応が欠かせません。

(参考裁判例:シフト表を作成していた管理職が管理監督者と認められなかった例・京都地裁令和4年5月11日判決・労働判例1268号22頁)

社会福祉法人が運営する保育園の保育士が、退職後に残業代を請求した事案です。この保育士は、総合責任主幹として20名以上の職員の勤務シフト表を作成していました。法人は、この保育士を管理監督者として扱い、残業代を支払っていませんでした。

裁判所は、次の3点から、管理監督者とは認められないと判断しました。

  • シフト表の作成は管理職としての業務の一つにすぎず、運営に関する事項は代表者が単独で決定していたこと
  • シフトは職員が毎日残業する前提で組まれており、本人もそのシフトに拘束されていたこと
  • 月40万円前後の賃金や3万〜5万円の役職手当は、管理監督者にふさわしい待遇とは言えないこと

その結果、未払いの残業代等約816万円に加え、付加金約634万円の支払いが命じられています。

弁護士のコメント

当職の対応した事案でも、同じくシフトを決める権限がある従業員の管理監督者性が否定されたケースがありました。

経験上、最悪なのは、管理監督者の主張にこだわった結果、それ以外の反論が手薄となり、あるいは和解交渉が決裂し、結果的に残業代の金額が非常に高額になることです。

どのタイミングで和解をするかを含め、損害を最小限にするための検討が欠かせません。

シフト制職員の賃金計算に漏れはないか

時給で働くシフト制の職員でも、シフト以外の時間が積み重なると未払いが生じます。

特に確認が必要なのは、次のような時間です。

  • 訪問後の報告、介護記録の作成の時間
  • 申し送りの時間
  • 制服への着替えや準備の時間(着替えが義務付けられている場合は、労働時間に当たりえます。三菱重工長崎造船所事件・最判平成12年3月9日)

休憩時間にも注意が必要です。

前記の保育園の裁判例では、就業規則上は交代で休憩を取ることになっており、勤務シフト表の休憩欄にも「○」が記載されていました。

しかし裁判所は、次の点から、休憩は取れていなかったと認定しました。

  • 1人で担当している職員は、休憩時間も現場を離れられなかったこと
  • 食事も業務としての食事指導で、子どもと一緒にとることになっていたこと

シフト表の「○」も、誰が何時から休憩するのかの記載がないため、休憩の裏付けにならないとされています。

介護の現場でも、食事介助や見守りの合間に休憩を取る扱いになっている場合は、実際に現場を離れられていたかが問われます。

変形労働時間制は適法に運用されているか

介護・福祉事業では、24時間・年中無休の体制を維持するため、1か月単位の変形労働時間制を採用していることがあります。

変形労働時間制が有効であれば、特定の日や週に法定労働時間を超えて勤務させても、残業代の対象になりません。

しかし、法律上の要件を満たしていなければ無効となり、1日8時間・週40時間を超えた時間はすべて残業となります。

(参考裁判例:利用者の都合で勤務時間が変わる訪問系サービスで変形労働時間制が無効とされた例・東京高裁令和5年10月19日判決・労働判例1318号97頁)

障害福祉サービスを行う社会福祉法人で、障害者の居宅支援サービス(訪問系の介助)に従事する非常勤スタッフが、残業代を請求した事案です。法人の就業規則は、毎月前月25日までに交付する月間スケジュールで、各就業日の勤務時間帯を定めるとしていました。

裁判所は、次の点から、変形労働時間制の適用を認めませんでした。

  • スタッフにとっては、月間スケジュールが交付されるまで労働時間が分からず、生活設計を予測できないこと
  • スケジュールを後から変更できるとしても、その不利益は解消されないこと

さらに、利用者の都合で就業時間が変わる実情があるとしても、それは時間外勤務として扱うべきだと判断しています。

法人は、スタッフの実際の労働時間は月平均約126時間と短く、請求は権利の濫用だとも主張しましたが、この主張も退けられました。

弁護士のコメント

この裁判例のポイントは、「利用者の都合で勤務時間が変わるから、あらかじめ決められない」という事情が、変形労働時間制を認める理由にならなかった点です。

訪問系サービスでは避けられない事情ですが、裁判所は、その変動は変形労働時間制ではなく時間外勤務として扱うべきだとしています。

また、労働時間が短い非常勤職員であっても、変形労働時間制が無効であれば未払いが生じることにも注意が必要です。

ここまでのまとめ

介護・福祉事業の残業代請求は、幅広い点が問題となります。

  • 移動・待機時間の扱い
  • 管理職の扱い
  • 賃金計算の方法
  • 変形労働時間制の適否

そのため、個別の内容を踏まえた反論が不可欠です。

まず何を調べるか

残業代の請求を受けた場合、次の資料が参考になります。

なお、全てを準備する必要はありません。

シフト表・介護記録

訪問介護では、シフト表と介護記録から、次の点を確認します。

  • 移動時間、サービスの量と内容
  • 各サービスの日時
  • 記録の内容(特記事項の有無を含む)、記録の作成に要する時間

これにより、訪問と訪問の間の時間が実際にどの程度あり、自由に過ごせる時間だったのかを検討します。

夜勤については、夜間支援記録などの夜勤中の記録が、夜間の対応の頻度を示す資料になります。

前記のグループホームの裁判例でも、夜間支援記録の内容が確認されています。

就業規則・給与規程・雇用契約書

給与の計算方法、歩合給、残業代として支払っている手当の有無を確認します。

特に注意が必要なのは、残業代の計算の基礎(時間単価)に含めるべき手当を外していないかという点です。

裁判例では、次の手当が計算の基礎に含まれるとされています。

  • 処遇改善手当(東京地裁立川支部令和5年4月13日判決・労働判例1318号102頁)
  • 日中の勤務に支払われる「日中手当」(前記の訪問系サービスの裁判例)
  • 夜間支援体制手当、資格手当(前記のグループホームの裁判例)

これらを計算の基礎から外していると、差額が未払いになります。

また、件数制(1件あたり●●円等と報酬を決めているパターン)では、その計算方法や残業代となりうる部分がいくらか(単価に含まれている時間数は何時間と契約書上規定があるか等)を確認します。

タイムカード

タイムカードの打刻時刻に沿った請求が行われ、それを踏まえた残業代の金額が認容されるケースが後を絶ちません。

このため、まずはタイムカードを確認し、法的な見通しを整理した上で、反論を組み立てることになります。

反論にあたっては、実績記録等を基に具体的な稼働状況を主張することになります。

介護・福祉事業の残業代請求の解決までの流れ

介護・福祉事業の残業代請求の解決までの流れ

当事務所にご依頼いただく場合、次のようなステップで対応します。

これにより、職員に対して不当に高額な残業代を支払うことを防ぐとともに、他の職員や新たに入ってくる職員への波及を防ぎ、事業の運営に専念できる環境を整えることができます。

弁護士が代理人として受任通知を発送する

相手方本人または代理人弁護士に、当事務所が法人の代理人となったことを通知します。

以後の連絡窓口は弁護士に一本化されます。

記録を分析し、主張と解決水準を検討する

シフト表、介護記録、タイムカード、規程を分析し、実態に即した適正な額を算定します。

あわせて、夜勤時間帯や変形労働時間制が否定された場合のリスクも検討し、どの水準で解決するのが法人にとって合理的かを見定めます。

交渉・労働審判・訴訟に対応する

まずは代理人同士の交渉による解決を目指します。

交渉で解決しない場合は、労働審判や訴訟に進みます。

労働審判は、原則として3回以内の期日で審理される手続です。

実務上、第1回期日までに法人側の主張と証拠をほぼ出し切る必要があるため、記録の分析を早く始めておくことが重要です。

口外禁止条項を含めた和解

和解では、解決の内容を第三者に口外しないことを約束する条項(口外禁止条項)を、合意によって入れることを検討します。

他の職員への波及を抑えるうえで重要な条項です。

就業規則・給与規程・勤務管理を見直す

同じ請求が繰り返されないよう、次の点を見直します。

  • 訪問介護の移動時間・待ち時間の賃金の定め方
  • 夜勤時間帯の位置付けと、その時間の賃金の定め方
  • 管理監督者として扱う職員の範囲
  • 処遇改善手当などの手当と、残業代の計算の基礎との関係
  • 変形労働時間制を採用している場合は、所定労働時間の特定の方法、シフト表の作成期間

在籍している職員の賃金体系を変更する場合は、労働条件の不利益変更(労働契約法9条・10条)の問題があるため、慎重な検討が必要です。

弁護士のコメント

介護・福祉は公的保険を利用した事業のことが多いです。このため、法人として人件費に使える予算にはかなり厳しい限度があります。この限度を踏まえつつどのように分配すれば残業代請求を抑えつつ、実際に事業運営に貢献しているスタッフに報いることができるかを検証し、制度化することが欠かせません。

この検証は、事業者としての情熱だけではうまくいかないため、労務の専門家を交えた検証が欠かせません。

最後に:稲田経営法律事務所が力になります

稲田経営法律事務所では、実際に介護・福祉事業の職員による残業代請求に対応した経験のある弁護士が、次の対応を行います。

  • 残業代請求への対応
  • 労基署への対応
  • 再発防止のための規程整備

最後まで直接対応いたしますので、貴法人の実情を踏まえた解決が可能となり、安心して事業の運営に専念できる環境を整えることができます。

継続的なご相談は顧問弁護士サービスをご検討ください

職員対応は、単発の相談だけでなく、日頃から気軽に相談できる体制があることで、初動対応のスピードと質が大きく変わります。稲田経営法律事務所の顧問弁護士サービスでは、介護・福祉事業の労務トラブル全般について継続的にサポートします。

監修弁護士の紹介

稲田拓真(岡山弁護士会)

岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。

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