裁判例のポイント3点
- 従業員10名未満の小規模企業でも、賃金減額には従業員の真摯な同意が必要です。
- 同意書を取得していても、具体的な資料提示と説明がなければ合意は無効となります。
- 10年以上前の減額まで遡って争われることを見据えた対応が不可欠
裁判例の概要
スコットプランニング事件東京地裁(令和8年1月28日)判決
事案の概要
この事案は従業員10名未満の事業所における従業員の賃金の引き下げが問題となった事案である。
労働者(原告甲)の給与は、平成22年9月時点で、給与は月額74万円でした。これが、
取引先からの発注減少の見込みや業績交代の見込み等を理由として、平成22年10月分から月額65万円、
業績を理由に、平成24年5月分から月額66万円、
平成26年5月分からは月額60万円に減額(業績悪化の見込み)
平成26年10月分以降は月額65万円以上
給与制度の変更を理由に平成30年3月分からは月額61万5000円(うち基本給は55万円)に
それぞれ変動させた事案です。
会社は、都度、口頭で甲から同意を得ており、また、平成30年の改訂時には、「基本給を55万円/月に改訂する給与変更でご了承頂きたく存じます」と記載した同意書を取得していました。
その後、労働者(原告甲)はいずれの賃金減額も無効であることを理由に、賃金74万円との差額を請求しました。
結論
裁判所は、すべての賃金改定を無効と判断し、労働者(原告甲)の主張を認めました。
理由
①平成22年10月分からの減額と平成26年5月分からは月額60万円に減額したこと
この給与減額は、原告甲野の給与を月額74万円から月額65万円に減額し、原告乙山の給与を月額55万円から月額45万円に減額するというものであって、これにより労働者にもたらされる不利益の内容及び程度は重大である上、被告丙川による説明の内容や経緯が被告らの主張するとおりであったとしても、抽象的に被告会社の業績の後退が見込まれるというだけで、原告らに対して受注の減少や財務状況に関する具体的な資料等が示されることもなかったのであるから、労働者が給与減額を受け入れることが合理的であると判断するだけの客観的な事情が示されていたとは認められない。
②平成30年の給与改定
この改訂は、就業規則の新設に際して、原告の給与(基本給一本)を基本給、技術手当、扶養手当に区分することに伴う改訂である。
しかし、雇用契約締結時に基本給一本であったものを扶養手当(扶養人数によって減額しうるもの)等に区分することは「給与の総額を減少させるもの」であり、合理性がない。
そのため、このような不合理な変更を前提とする「給与減額に応じることが労働者にとって合理的であるとはいえない。」ため、「給与減額が原告甲野の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない。」ことから、給与改訂は無効
分析:経営者側の注意点
書面で合意をしても変更が無効となりうること
本件で会社は、平成30年の給与改定について「基本給を55万円/月に改訂する給与変更でご了承頂きたく存じます」と記載した同意書を取得していました。それにもかかわらず、裁判所は、この同意書による合意の効力を否定しています。
賃金の引き下げのような労働者に不利益な労働条件の変更について労働者の同意があったといえるためには、同意書等の書面が存在するだけでは足りず、①変更によって労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、②労働者が同意するに至った経緯及びその態様、③同意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています(最高裁平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件)。
そのため、単に書面で合意するのみならず、減額の必要性を裏付ける資料(受注状況、決算書・試算表等の財務資料)を実際に交付したことの記録等が必要になります。
従業員10人未満の小さな企業でも不利益変更は慎重にすべきこと
この裁判例は、従業員10名程度の中小企業での賃金の変更が無効となったものです。
この規模の会社では、従業員と個別に話し合って業績を踏まえて賃金を下げる・あげるという運用がなされているケースは少なくありません。
しかし、賃金を下げるためには、当該従業員の真摯な同意が必要となります。その真摯な同意を確保するには単に書面を交わすのみならず、従業員が応じることが合理的と言えることを資料を示しながら説明することが必要となります。
この裁判例の注意すべき点は、このような手厚い対応を従業員10人未満の小さな企業にも要求する点です。うちは「中小零細だから」という理由は通じません。
10年以上前の改訂も問題になること
本件では平成22年(2010年)の改訂に遡って紛争が起きています。
労働条件の不利益変更が10年以上前の出来事であることは、会社を守る理由にはなりません。
このため、今の従業員数にかかわらず、10年後、20年後を見据えた賃金の改定が不可欠となります。

弁護士のコメント
中小企業であっても賃金の変更には判例を踏まえた対応が欠かせません。
岡山・倉敷で労働問題を得意とする弁護士に相談し、法的リスクを下げながら対応をするなど、将来をみえた対応をとることで、経営に専念することができます。
監修弁護士の紹介
稲田拓真(岡山弁護士会)
岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。

