- 本人の同意がない限り、能力不足を理由に基本給を引き下げることは原則としてできません。
- 懲戒処分の「減給」も、給与規程の「能力を評価して決定する」という定めも、一方的な引き下げの根拠にはなりません。
- 同意を得られるかどうかは面談の場で決まるのではなく、その前に何を通知し、何を記録してきたかで決まります。
はじめに
高い賃金で雇ったのに成果が出ていない従業員がいる。
このようなケースで経営者が考える手段の一つが、賃金の引き下げです。
しかしこの手段は紛争になりやすく、しかも会社が負けやすい手段です。
今回は、どのように同意により賃金の引き下げを行うか、弁護士が解説します。
賃金の引き下げに関するよくある誤解3点
誤解1 懲戒処分の「減給」で賃金を下げることができる
懲戒処分としての減給には、労働基準法91条の上限があります。
1回の額は平均賃金1日分の半額まで、総額は一賃金支払期の賃金総額の10分の1までです。
したがって「懲戒処分として今後の賃金を3割カットする」という方法は取れません。
減給の懲戒は、すでに起きた問題行動に対する一回限りの制裁であって、賃金水準を将来にわたって切り下げる手段ではないからです。
なお、ニュースで役員が「報酬○割減」としているのは報酬の自主返納であり、労働基準法上の減給とは別の話です。
誤解2 本人が文句を言わなければ同意したことになる
賃金の引き下げは、本人が同意すれば可能です。
しかし、ここでいう同意として認められる水準は高く、最高裁平成28年2月19日判決(民集70巻2号123頁)は、同意する旨の行為があったかどうかだけでなく、不利益の内容と程度、その行為に至った経緯と態様、それに先立つ情報提供や説明の内容に照らして、労働者の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断されるとしています。
例えば、次の裁判例では合意が認められず、差額賃金の支払いが必要になりました。
(東京地裁令和8年1月28日判決(労働経済判例速報2620号3頁))
従業員10名ほどの会社で、業績の後退が見込まれることを理由に、月額74万円と55万円の従業員の給与をそれぞれ65万円と45万円に引き下げ、以後も複数回減額した事案です。
会社は、各人に説明したところ異議が出なかったので口頭で合意が成立したと主張しました。
裁判所は、まず、協力を求めたのに異議を述べなかったからといって同意の意思表示をしたとは認められないとしました。
そのうえで、1割から2割近い減額は不利益の内容と程度が重大であること、抽象的に業績の後退が見込まれると説明しただけで受注の減少や財務状況に関する具体的な資料を示していないこと、代表者自身の役員報酬は月額165万円のまま維持されていて財務状況が逼迫していたとも考え難いことを挙げ、同意を認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないと判断しました。
この事案では、後の減額の際に、会社が本人に「自ら給与の減額を申し出る書面」を提出させていました。
これについても裁判所は、書面の体裁は申出だが、自ら申し出たものとみることはできないとしています。
このことからは、異議を述べなかったという消極的な対応の場合はもちろん、労働者側から給与の減額を申し出たような書面のあるケースでも、裁判所は、合意による賃金の引き下げを無効として、差額の支払いを命じることが読み取れます。

弁護士のコメント
この裁判例では、担当業務の量が減っていることを賃金の引き下げ理由にもしていました。しかし、裁判所は、担当業務の量が減っているのであれば会社は雇用契約に基づいて他の業務を命じることができるのであって、現に担当する業務の量が給与に見合わないという理由で減額を受け入れなければならないとはいえない、と述べています。仕事が減ったから賃金を下げることができるというわけではないことに気をつける必要があります。
誤解3 給与規程に「能力を評価して決定する」と書いてあれば下げられる
給与規程に「基本給は、勤務態度、勤務成績等を勘案して、毎年4月1日に改定する」等の規定があり、この規定に基づき、賃金の引き下げを試みるケースもあります。
しかし、次の裁判例のように、このような規定に基づく賃金の引き下げを裁判所は認めない傾向にあります。
福岡地裁平成31年4月15日判決(労働判例1205号5頁)
従業員約40名の食品製造会社が、営業から製造部門へ異動させた従業員について、職務遂行能力に照らすと賃金が不当に高いとして月額7万円を引き下げた事案です。
この会社の給与規程には、基本給のうち職能給は社員の職務遂行能力を評価して決定する、職務手当は管理能力を評価し決定する、といった定めがありました。
会社は、本人にベテラン従業員を付けて数か月間指導したが技術が向上しなかったとして、評価内容を記載した通知書と他の従業員による評価表を添付して減額を通告しています。
裁判所は、賃金の減額は同意によるか、就業規則や給与規程上の明確な根拠に基づいて行われることが必要で、使用者の一方的な行為で行うことは許されないとしました。
そのうえで、賃金額について個別に合意している以上、給与規程の定めを根拠に一方的に減額することはできないこと、これらの定めは抽象的な定義や算定要素を示すにとどまり算定方式を具体的に定めるものではないこと、この会社では日頃から一定の基準や手順を定めた査定によって各人の基本給を決定していたとは認められず、今回の評価も具体的な判断基準や金額幅を定めた査定を経たものではないことを理由に、減額を無効としました。
賃金が他の正社員より高額であることも、減額の根拠にはならないとされています。
なお、この事案では、会社が5万円の減額を通告したところ本人が異議を申し立てたため、会社が減額幅を7万円に広げて通告し直していました。
会社は、差額7万円を労働契約終了時まで毎月支払うよう命じられたほか、賞与査定について20万円、「給料を下げるぞ」といった発言等について50万円の慰謝料の支払いを命じられています。

弁護士のコメント
給与規程に基づいて賃金を引き下げるには、どのような考慮要素に基づいてどのような査定をして、金額がどの金額まで下がるかを特定することを要求する裁判例が多いです。
ただ、当職が担当した中小企業でこのような職務等級表などが完備されている会社はほとんどありませんでした。
このようなケースでは真摯な同意を得て賃金を下げることを狙うのが一番リスクが低いと考えます。
賃金を引き下げるための3ステップ
以上の裁判例から分かるのは、「今の働きぶりに給与が見合っていない」という理屈だけでは、賃金は下げられないということです。
真摯な同意と評価されるためには、解雇事由がある状況で、解雇に代えて賃金の引き下げに同意した、という経過が必要になります。
この経過は面談当日には作れません。
ステップ1 業務水準を通知し、記録と指導を重ねる
求人票、雇用契約書、職務の内容から、その賃金で求めている業務水準を具体化し、書面で通知します。
何を、どの水準で、いつまでに行うのかを示します。
また、担当業務が減っているようなケースでは、追加で業務を割り当てる、他の人の業務を割り当てるなどの方法により、担当業務の量を確保することを優先します。
その上で、通知後に本人の業務を観察し、通知した水準に達していない事実を、日付・業務・具体的な事象で記録します。
口頭の注意で終わらせず、書面にします。
ここまでの対応は、仕事をしない社員に退職してもらう際の対応と同じ流れになります。

ステップ2 賃金の下げ方と水準を検討し決定する
まずは賞与などの使用者の裁量がある賃金での調整ができないかを検討します。
その上で基本給の変更が必要な場合には、その水準を検討します。
この時に、賃金がいきなり1割、2割下がるような減給を提示すれば、不利益が大きすぎることを理由に合意を得たとしても合意が無効となってしまいます(前記東京地裁)。
どのように下げるのか、どの金額まで下げるのか、代償措置や移行措置を設けるかなどを検討して賃金を決定することになります。
ステップ3 面談で同意を得て賃金を下げる
面談では、指導の経過と改善が見られないこと、その賃金に見合う業務を割り当てられないこと、解雇も検討していること、同意するのであれば解雇はせず職務内容の変更で対応することを説明し、交渉します。
ここで注意が必要なのは、解雇の可能性を伝えることが決して不合理ではない状況を確保することです。
最高裁が賃金の引き下げに求める合意の水準は次のようなものです。
最高裁平成28年2月19日判決(民集70巻2号123頁)
就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である
例えば、およそ解雇が法的には困難な状態では、同意を得ても同意に至る経緯及びその態様が問題となり、同意が無効になり得ます。
また、解雇が困難な状態であるにもかかわらず証拠のみを示して「解雇できる」等と説明すれば、労働者への情報提供が不正確であり、自由な意思に基づく同意ではないと判断されます。
このため、具体的にどのように説明をするか、事前に準備をした上で面談に臨む必要があります。
面談で示すもの
- ☐ 指導経過を記録した書面
- ☐ 減額後の金額と実施時期
- ☐ 変更後の職務内容
- ☐ 判断材料となる資料(業績資料等、会社側の事情を理由とする場合)
- ☐ 検討のための時間
それでも同意が得られない場合にどうするか
同意がないまま減額を実行してはいけません。
実行すれば差額賃金請求の対象となり、支払義務が積み上がります。先に挙げた2つの事案では、いずれも判決確定日または労働契約終了時まで毎月の差額を支払うよう命じられています。
断られた場合に会社が取りうる選択肢は、次のとおりです。
- 条件を変えて再提案する
- 職務内容の変更(配転)を行い、規程に沿って手当を見直す
- 賞与や昇給での調整を検討する
- 改善が見込めない場合に、退職勧奨や解雇の検討に移る
いずれも、ステップ2で積み上げた記録が前提になります。
なお、3の賞与での調整も無制限ではありません。福岡地裁の事案では、査定権限の濫用にあたるとして不法行為の成立が認められています。査定期間を正しく反映するなど、基本的な点で落ち度がないようにすることが必要となります。
残しておくべき資料
- 求人票、雇用契約書、賃金規程
- 業務水準を通知した書面
- 指導記録、面談記録、本人からの回答
- 減額提案時に示した資料と、同意が得られた場合の合意書
弁護士に相談すべきタイミング
最も効果が高いのは、本人に提案する前です。
同意が無効になる原因の多くは、面談の場ではなく、その前の準備段階にあります。
次に効果があるのは、断られた直後、減額を実行する前の段階です。

弁護士のコメント
賃金を下げた後、2年3年経過してからまとめて差額請求などが生じうるのが、この手の事案の恐ろしいところです。差額が10万円などになる場合は、3年間で360万円の差額になりますし、その後も働き続けていれば、さらに差額が増えます。パワハラのような言動も伴っていれば、慰謝料で50万円程度が上乗せされるなど、さらに会社の損害は拡大します。
他方で、事前の準備段階から弁護士が対応することで、事案によってはそもそも賃金を下げる前に、問題のある従業員が辞めるようなケースもあります。
経営者側の労働問題に力を入れる弁護士に相談することで早期に戦略を立て臨むことができ、安心して本業に専念できるようになります。
出典
- 最高裁判所第二小法廷平成28年2月19日判決(山梨県民信用組合事件)民集70巻2号123頁
- 東京地方裁判所令和8年1月28日判決(スコットプランニング事件)労働経済判例速報2620号3頁
- 福岡地方裁判所平成31年4月15日判決(キムラフーズ事件)労働判例1205号5頁