- 開業断念の判断が経営判断として合理的でも、内定取消しが当然に有効とはならない。
- 人員削減の必要性は法人全体の財務状況で判断される
- 勤務地などを限定して採用した人でも、内定取り消し時には、解雇回避努力に準じた代替業務の提案などが必要になる。
- 遅くとも内定取り消しを通知する前には弁護士に相談を
はじめに
新規事業のために人を雇ったが融資が降りずに開業を断念した。このようなケースで新しく雇った人の内定を取り消すことができるか。
今回は、最新裁判例を題材に、内定取り消しの注意点を弁護士が解説します。
裁判例の概要
裁判例の情報
東京地方裁判所 令和8年1月8日判決(労働経済判例速報77巻22号・通算2621号3頁)
事案の概要
被告は診療所を経営する医療法人社団です。膝治療に特化した再生医療分野への新規事業展開を計画し、新たにクリニックを開設することとしました。
原告は医師であり、人材紹介会社を通じてこの求人に応募しました。被告代表者との面接を経て、勤務地を開設予定のクリニックに限定した有期労働契約を締結しています。
契約期間は6か月、勤務日は週2日のシフト制でした。原告は被告の依頼を受け、クリニックのホームページ掲載用のプロフィール作成や写真撮影にも応じており、開設を前提とした準備が双方で進められていました。
ところが開設の直前、開設資金約2億円の全額を予定していた個人資金提供者1名から、被告が経営する他院の経営悪化を理由に資金提供を撤回する旨の申出がありました。
被告は経営会議において、開設中止を決定しました。
その後、業務委託先を通じて原告に採用内定取消しを通知しました。通知から6日後、原告からの問合せを契機として、被告経営の他院での労働契約(時給1万円、従前の労働条件の約73%水準)を提案しています。
原告はこの提案を断り、内定取消しの無効を主張して未払賃金等の支払を求め、提訴しました。
裁判所の判断結果
・内定取消しは権利濫用により無効。
・被告は原告に賃金6ヶ月分(契約期間分)である572万円等を支払うこと
裁判所の判断
裁判所は、内定取り消しについて「被告による留保解約権の行使である〔ため〕解約権留保の趣旨目的に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるものと解される。」と判断し、内定取り消しの理由が経営上の都合によるものであることから、「人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者選定の妥当性及び手続の妥当性の各事情を総合的に考慮すべき」と判断しました。
その上で、被告が経営する他院に赤字月はあるものの、法人全体としては黒字を維持しているため、開設中止の決定自体は「事業の合理的経営のための判断」であるとして、これに伴う人員削減の必要性自体は認めました。
もっとも、裁判所は、いきなり採用内定取消しを通知した後、本件クリニックの開設中止につき説明したい旨及び謝罪が記載されたメールを送ったこと(内定取り消し前に他の場所での就労等を提案していないこと)や、別の提案の賃金額は、内定時の賃金の約73パーセントにとどまることに着目し、本件採用内定取消しが被告の事業の合理的経営のための判断によるものであることから「必ずしも本件労働契約に代わるものとして十分であったものとはいい難〔く〕解雇回避努力が尽くされたものとはいえない。」と判断しました。
その上、手続についても、経緯の説明が「被告の経営判断である旨を述べるのみ」であり、労働者の納得が得られるよう誠実な説明・協議がされたとはいえないとして、妥当性を否定し、上記の結論となりました。

弁護士のコメント
被告は、本件労働契約において勤務地及び職種が限定されていたことから解雇回避措置をとる必要はない旨主張していました。しかし、裁判所は、「本件採用内定取消しは、本件クリニックの開設中止という原告に帰責性のない事由によるものであることから、勤務地及び職種が限定されていたとしても、被告は、解雇回避努力を尽くすべきといえる。」と判断しています。「実務対応のポイント」でも触れますが、この点が、非常に重要と考えます。
実務対応のポイント
ポイント1 開業断念の当否と雇用解消の当否は別の審査軸で判断される
経営判断として開業を断念することに合理性があっても、それに伴う内定取消しが当然に正当化されるわけではありません。
本判決は、開設中止の判断自体は事業の合理的経営判断として肯定しつつ、それに続く内定取消しについては別途、解雇回避努力・手続の妥当性等の要件を満たすかを審査しています。
とりわけ注意すべきは、人員削減の必要性が、開設予定であったクリニック単体の収支ではなく、被告法人全体の財務状況によって判断されている点です。
新規事業の採算が悪化しても、法人全体で黒字を維持している場合、その事実だけで人員削減の必要性が当然に認められるわけではないことを示しています。

弁護士のコメント
本件で、医師は雇用契約において当該新規の病院での勤務に、勤務地及び職種が限定されていました。このように契約上、勤務地等が限定されているケースでも、整理解雇のようなパターンでは、契約の範囲を超えて他の事業所での勤務の可否を検討する義務があることがわかります。
最近は、職種限定合意のある従業員を解雇回避のために他の職種に配置することを命じることはできないという最高裁判決があります(最高裁令和6年4月26日判決)。もっとも、同判決は配置転換命令の可否についての判示であり、解雇回避措置としての打診自体は否定されていません。むしろ解雇回避措置としての打診自体は必須であるというのが考え方としては主流です。
このため、「その職場のために採用された人」であっても、他の事業所等への配置の打診は必須であることが伺えます。
ポイント2 内定取消しも解雇に準じ、解雇回避努力が必要である
本件で解雇回避努力が否定された最大の要因は、この解雇回避努力の不足にあります。
内定取り消しの通知の前に、他の労働契約を打診しなかったことは、解雇(内定取り消し)を回避するための努力がなかったと言わざるを得ません。
また、賃金が3割程度下がる提案では、代替案の提案としては不足しているというのがこの判断となります。
いずれも、本件クリニックの開設中止という原告に帰責性のない事由による解雇(内定取り消し)である上、法人全体では黒字であったことから、解雇回避努力として求められる努力の水準が高いことに起因すると考えます。

弁護士のコメント
整理解雇の必要性と解雇回避努力は相関関係にあります。本件のように全体として黒字であるという場合、整理解雇の必要性は合理的な運営のための必要性に限られます。このようなケースでは、解雇回避努力の求められる水準は赤字のケースよりもレベルの高い努力が要求されます。
たとえ勤務地や職種が限定されていたとしても、「他の仕事を提案したが拒否された」というだけでは解雇回避努力としては不十分な点には注意が必要です。
実際に専門家が助言をする場合は、この点を踏まえた助言が欠かせません。
ポイント3 内定取り消しであっても説明も尽くす必要がある
本判決では、説明の実質も問われています。
業務委託先を通じて連絡すること自体は否定されていませんが、伝えられた内容が「経営判断である」という結論にとどまり、労働者の納得を得るための誠実な説明・協議がされたとはいえないとされました。
円満退職に向けた解決金・再就職支援金の支払い提案など、説明の方法等によっては結論が変わった可能性のある事案です。

弁護士のコメント
本件の判断は最初の段階で「勤務地も職種も限定しているから内定取り消しはできるだろう」という見立ての誤りに起因するものです。
内定取り消しを伝える前に弁護士などに相談し対応することで、500万円を超える支払いを阻止できた事案と考えます。
最後に:弁護士に相談すべきタイミングとは
事業の中止・縮小に伴う雇用への影響が生じる場面では、次の3つの時点でのご相談をお勧めします。
当事務所では、代替提案の条件設計と補償額の算定、議事録の記載事項の助言、提案が拒否された後の対応方針の検討まで、一体でご支援しています。
本件で命じられた572万円は、週2日勤務・契約期間6か月という限定的な条件下での金額です。常勤かつ期間の定めのない雇用であれば、同じ判断枠組みのもとで認容額はこれを大きく上回ります。
監修弁護士の紹介
稲田拓真(岡山弁護士会)
岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。


