はじめに
育児短時間勤務を申し出た社員の役職を外して賃金を下げる。このような対応をした社員が後から損害賠償請求をすることがあります。
今回は、育児短時間勤務中の社員の待遇を下げる場合の要件、紛争になったときの会社の主張、紛争の予防について弁護士が解説します。
同じようなお悩みは、早めに弁護士へご相談ください
対応を誤ると、損害賠償請求や役職の地位確認請求など、会社側のリスクにつながります。労務問題対応の経験が豊富な弁護士が、具体的な状況に応じた対応方針をご案内します。
待遇の変更の争われ方は
多いのは待遇の変更が、育児介護休業法23条の2に違反することを理由とした損害賠償請求です。このほか変更前の役職にあることの地位確認請求も生じます。
育児短時間勤務中の降格・賃下げの反論ポイントは
本件のように役職を下げて賃金を下げる、仕事を変えて賃金を下げるケースでは、次の二つを主張立証することになります。
- 賃金を引き下げる根拠規程と引き下げ事由
- 引き下げが育児介護休業法を理由とした不利益取り扱いに該当しないこと
特に問題となるのは後者です。
降格や賃下げが育児介護休業法を理由とした不利益取り扱いに該当しないことの意味とは
これは、育児短時間勤務中のこれらの変更について、真摯な同意がある、あるいは育児介護休業法の趣旨に反しない特段の事情があることを意味すると考えられます。
これは育児介護休業法とほぼ同じ趣旨である男女雇用機会均等法の不利益取り扱いの禁止に関する次の最高裁判例に基づくものです。
(参考裁判例:最高裁平成26年10月23日判決・最高裁判所民事判例集68巻8号1270頁)
一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。
同意を得ている場合には問題にならないのか
同意があっても真摯な同意である必要があります。
まず、変更後の賃金を受け取り続けたという事情だけでは黙示の同意があったとは法的にはいえない可能性が高いです。
また、同意を得ていても渋々同意した事案では、同意が後から無効となることもあります。
重要なのは「措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得た」と客観的に言えることです(上記最高裁)。
このため、真意に基づいて同意をしたことを、次のような事実から説明することになります。
チェックポイント
- ☐ 職務の変更内容
- ☐ 変更に伴う待遇の不利益の内容・程度(一時的な不利益か否かなど)
- ☐ 同意を示す書面の有無と記載内容(変更の範囲と内容・どのように負担が変わるのか等の記載があるか)
(参考裁判例:東京高裁令和5年4月27日判決)
原告は、カード営業部門の管理職(チームリーダー)であったが育児休業からの復帰時に、チームが消滅していたことから、被告が、原告を個人の営業職(電話営業)の部下が一名もいない部署に配置を変更した事案。控訴人は、なぜ自分に部下がつけられないのか戸惑ったが、次年度が始まる平成29年1月からはチームリーダーとして働くことができると考え、異議は唱えなかった。
裁判所は、短時間勤務制度は利用せず子供を保育園に預けて、妊娠前と同様にチームリーダーとして活躍し、会社の中でキャリアを高めていくことを望んでいたが、被控訴人と控訴人との間において、控訴人の将来のキャリア形成も踏まえた十分な話合いが行われておらず、復職前にE副社長から復職後の業務について半ば一方的に説明を受けたものであり、控訴人は、部下が付けられないことに戸惑い、渋々ながらこれを受け入れたにとどまるのであって、控訴人につき自由な意思に基づいて当該配置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないと判断し、同意による変更を認めず、最終的には慰謝料200万円を認容した。

弁護士のコメント
反対に法律上求められる措置を講じても要望に応答できないようなケースでは、真意に基づく同意が認められやすくなると考えます。
例えば、育児休業がない状態でも、1日の所定労働時間を原則6時間とする時短勤務が法律上求められますが、それ以上の時短勤務(1日4時間等)が必要であるとの申告を受け、そのような時短を前提に、役職を解くなどの処遇の変更に同意を求めるのであれば、同意が有効となる可能性も高くなると考えます(参考裁判例として東京高裁令和1年11月28日判決)。
この場合でも説明の内容、労働者の意向などを踏まえた慎重な検討が欠かせません。
法の趣旨に反しない特段の事情とは
降格等をしないことに、業務上の必要性から支障があり、かつ、次の観点から特段の事情があると言えることを意味します。
ポイントは、「他の従業員との公平性を欠く」「他の人から苦情が出る」から役職を下げるといった程度の理由では、特段の事情にならないということです。
チェックポイント
- ☐ 当該労働者の転換後の業務の性質や内容
- ☐ 転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況
- ☐ 当該労働者の知識や経験等
- ☐ 措置に係る経緯や当該労働者の意向等
参考裁判例
上記アメックス事件では、37人の部下を統率していた原告に、一人も部下を付けず、電話営業を優先させたことについては、業務上の必要性が高かったとはいい難いとしました。
そして、原告が受けた不利益の内容と程度も考え合わせると、特段の事情は認められないと判断しました。
なお、アメックス事件で、会社は「戦略的に重要な業務を担当させた」と主張しましたが、実際には電話営業を優先させていたため、認められませんでした。

弁護士のコメント
アメックス事件では労働者のキャリアへの配慮も要請されています。役職を解く、賃金を下げるといった措置を講じるのであれば、それによりキャリアが断絶されないのか、その理由は何かを具体的に示す必要がありますし、そのことを念頭に置いた制度とすることが要求されます。
使用者側の主張・反論は?
育児短時間勤務中に賃金を下げたことで、損害賠償を請求された場合、会社は次の順序で対応します。
まず引き下げの根拠を確認する
請求を受けたら、まず、引下げの根拠となる規程と、役職を解いた辞令などが整っているかを確認します。
根拠が弱い場合には、反論を組み立てる前に、差額を支払って解決する方向も検討します。
実質的な理由をもとに反論を組み立てる
次に、引下げの実質的な理由を整理します。
反論の核は、「短時間勤務を利用したこと」ではなく、「役職の職責を果たせないこと」など、時短とは別の事情で下げたと説明できるかです。
具体的には、役職に求められる業務の内容、短時間勤務では果たせない部分、他の社員への影響、代替措置の検討状況を、資料と時系列で示します。
通りにくい反論もあります。
アメックス事件では、会社が「復職後の取組みが芳しくない」「元々リーダーシップに難点があった」と主張しました。
しかし、そのような指摘は、従前も復職後にもされておらず、話し合いも持たれていなかったとして、退けられました。
後から付け加えた理由は、認められにくいといえます。
本人が同意していたという主張については、別の記事で解説します。
紛争を防ぐには、減額の前に何をしておくべきか
チェックポイント
- ☐ 措置は時限的な内容とすること
- ☐ 本人の同意を書面で得ること
措置は時限的な内容とすること
育児時短中の降格などが職場の環境として必要になるケースはあります。また、上記特段の事情がないが、職場を円滑に回すためには降格や賃金の調整が必要なこともあります。
この場合には、時限的な対応をとることで、無効となるリスクを下げることができます。
例えば、時短期間のうち1年間に限り役職を解き、その間は別の人が業務を代替するなど、期限を区切ることで、不利益の程度を下げることにつながります。
同意の取得
真意に基づく同意が必要です。口頭で「分かりました」と言ってもらうだけでは足りません。雇用契約書を作り直して署名をもらうだけでも、足りません。減額の内容、理由、不利益の程度が本人に伝わり、自分の意思で選べたことを、書面で残します。書式にも工夫が必要です。
継続的なご相談は顧問弁護士サービスをご検討ください
処遇の変更に関する対応は、単発の相談だけでなく、日頃から気軽に相談できる体制があることで、初動対応のスピードと質が大きく変わります。稲田経営法律事務所の顧問弁護士サービスでは、労務トラブル全般について継続的にサポートします。
監修弁護士の紹介
稲田拓真(岡山弁護士会)
岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。
