事実関係の概要
原告は、松山大学経済学部の准教授で、平成20年から令和3年11月まで女子駅伝部の監督を務めていました。
令和元年11月、部員9名が原告らによるハラスメントを申し立て、大学のハラスメント調査委員会が関係者へのヒアリングを実施しました。その結果、大学は、原告について、部員を叱責する際に7kgのダンベルを地面にたたきつけて投げ、プランターを蹴った行為、部員の前でストップウォッチを投げた行為、集合する部員の方向へ熊手を投げた行為などをハラスメントと認定しました。さらに、遠征時にビール1杯を飲んだ約3時間後、部員を乗せて自動車を運転した行為も問題とされました。
大学は、これらを理由として原告を停職45日間とする懲戒処分としました。停職当時の原告の給与は月額57万3400円で、停職により給与や夏季手当が減額・不支給となりました。
裁判所の判断
ハラスメント行為自体は認定された
裁判所は、部員らの供述について、具体的で相互に整合しているとして信用性を認めました。
そのうえで、ダンベル、ストップウォッチ、熊手の各事案について、指導者から叱責を受ける立場にある学生の前で、周囲の物に有形力を加えながら怒りを表す行為は、部員に恐怖や過度の緊張を与えるものであり、ハラスメントに当たると判断しました。
また、飲酒から約3時間後に部員を乗せて運転した行為についても、酒気帯び運転などの法令違反を裏付ける証拠はないものの、学生を引率する監督・大学教員として不適切であり、懲戒事由に当たると判断しました。
それでも懲戒処分は手続違反により無効
もっとも、裁判所は、懲戒手続に重大な瑕疵があったとして、停職処分そのものは無効と判断しました。
大学の内部規則では、教員の懲戒案について経済学部教授会が審議し、意見を述べることとされていました。しかし、教授会が懲戒内容や理由について説明を求めたにもかかわらず、大学側はこれに応じず、教授会による実質的な審議・意見表明を経ないまま処分を決定していました。
裁判所は、この手続違反は規則の制定趣旨を没却する重大なものであり、原告には処分権者に対する実質的な弁明の機会も保障されなかったとして、処分の重さが相当かどうかを判断するまでもなく、懲戒処分を無効としました。
その結果、停職により支給されなかった給与等約133万円の支払は認められました。一方、ハラスメント自体は事実無根ではなかったため、慰謝料請求は認められませんでした。
弁護士による裁判例の分析
重大なハラスメントでも、手続違反があれば懲戒処分は無効になり得る
本判決で特に重要なのは、ハラスメント行為そのものが認定され、懲戒事由も存在すると判断されたにもかかわらず、懲戒手続の重大な瑕疵を理由として処分が無効とされた点です。
問題行動が重大であれば、それだけで重い懲戒処分が当然に許されるわけではありません。本件では、大学内部の規則上、教授会による審議・意見表明や弁明の機会が予定されていたにもかかわらず、その手続を十分に経ないまま処分が行われたことが決定的な問題となりました。
中小企業でも「弁明の機会」を省略するのは危険
この点は、中小企業の懲戒実務でも十分注意が必要です。
裁判例の中には、懲戒事由の有無や処分の重さ以前に、本人に十分な弁明の機会を与えなかったという手続面を理由として、懲戒処分を無効とするものもあります。
したがって、会社としては「本人の問題行動は明らかだから、多少手続を省略しても問題ない」と考えるべきではありません。
懲戒処分前に確認すべき形式的なポイント
懲戒処分を行う際には、少なくとも次の点を丁寧に確認する必要があります。
就業規則に懲戒事由が定められているか
問題となった行為が、就業規則上のどの懲戒事由に該当するのかを確認する必要があります。
懲戒処分の種類が定められているか
けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇など、実施しようとする処分が就業規則に根拠を持つかを確認します。
就業規則が従業員に周知されているか
就業規則を作成していても、適切に周知されていなければ、その効力自体が問題となることがあります。
本人に弁明の機会を与えているか
会社側が事実関係を一方的に認定するのではなく、具体的な問題行動を本人に示した上で、本人の説明や反論を聞く機会を設けることが重要です。
社内規程で定められた手続を守っているか
懲戒委員会、役員会、代表者決裁など、会社自身が定めた手続がある場合には、それを省略しないことが必要です。
問題行動が重大なときほど手続を省略しない
横領、重大なハラスメント、暴力行為などが発覚すると、会社としては「これだけ重大な行為なのだから、すぐに厳しく処分しなければならない」と考えがちです。
しかし、重大な事案ほど、処分を急ぐのではなく、事実調査、本人への告知、弁明、社内での審議、決裁、処分理由の整理という手続を一つずつ確実に実践することが必要不可欠です。
懲戒処分は、就業規則への懲戒事由・処分種別の記載、周知、弁明の機会、社内手続など、いわば形式的な問題だけでも無効となる可能性があります。処分が無効になれば、停職期間中の未払賃金の支払や損害賠償請求などにつながることもあります。
そのため、企業としては、「問題行動が重大だから手続を簡略化する」のではなく、「重大だからこそ手続を一つも省略しない」という姿勢で対応することが重要です。
監修弁護士の紹介
稲田拓真(岡山弁護士会)
岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。


